万有引力 第13回公演 劇底二万哩 -純粋遊劇または超俳優達の幻想博物劇- (1987)
1987年6月20日(土)~6月28日(日) 第11回公演
劇底二万哩
-純粋遊劇または超俳優達の幻想博物劇-
演劇の迷宮、想像力の罠、かくされた半世紀の二万哩を彷徨する俳優たちの冒険記録。 共通の夢を見せる劇場の支配人、「人間の塔」は俳優の墓場だという怪老人ソロモンの正体は! 人外魔境の演劇論!演劇揺籃、俳優の墓場、テスピスの車(移動劇場)、演劇史博物館、舞台年鑑、 劇場総支配人テアトロ・ブンカー、地獄の衣裳係 劇は建築作品の中で悲劇にも喜劇にもなる!!
《魔術》《超能力》《世界悪女伝》《真面目・演劇・祝祭》《毒薬=砒素》《秘密結社》《異端の肖像》 《妖人奇人》《ペテン師列伝》といったものが、たえず横行しながら、万有引力の体験した演劇形態学・ 幻想博物劇・夢の宇宙劇・東西不思議劇物語…等が、超緊張と超ブラックユーモアが、 そして万有引力俳優陣の悠久の「時」を超えた「破壊の演技」が炸裂する!!
会場
吉祥寺バウスシアター
料金
前売り2000円 当日2300円
構成・演出・音楽
J・A・シーザー
台本
J・A・シーザー 根本豊 高取英 その他
美術
ツール・ウァーグ
舞台監督
水岡彰宏 松田将希
音響
落合敏行
照明
丸山邦彦
衣裳
上海綾子 ナカタケイコ
キャスト
サルバドール・タリ 根本豊 水岡彰宏 中村亮 海津義孝 松丸純子 ナカタケイコ 須崎晃
袴田貴子 大坪美馨 伊東恵美 その他
↓↓演劇実験室◎万有引力新聞【4】1989年1月1日発行より↓↓
「劇底二万哩」を劇場の地底に置きかえて、〈地下演劇〉の意味をさぐろうとした「劇底二万哩」!! 「劇底二万哩」のコンセプトは、俳優を起える俳優=超俳優(中村亮)と俳優をあきらめて結婚して平凡な生活を選ぶ 男(海津義孝)との対比にあった。この作品は、J・A・シーザーの構想をもとに台本に参加したのだが、 シェイクスピアの「マクベス」をもちこんだのは、僕である。手塚治虫の影響を受けている僕がいずれ 「マクベス」を上演したいと考えていたために、「劇底二万哩」で試みたのである。シェイクスピアブームがなければ、 月蝕歌劇団はシェイクスピアを上演していただろう。手塚治虫の「バンパイア」風に。「劇底二万哩」のシーザーの コンセプトは、ネモ船長で有名な「海底二万哩」であった。それを劇場の地底に置きかえて、演劇の正体を さぐろうとしたのは、「地下演劇」の意味をシーザーがとらえたかったからに他ならない。 小劇場は、今、明るい地上のものとなり「地下演劇」は、過去のものとなろうとしているからである。 これは、演劇だけに限った事ではない。ミカンにワックスをぬって、オレンジ色をきわだたせ始めた頃から、 社会がそうなっていったのだ。今、再び「地下演劇」がもてはやされることはない。もし、あるとすれば、 ピカピカになったサツマイモに、再び泥を塗って、店頭に置くようなものだ。実際、泥のついたサツマイモが 求められ、そのようなことをして店頭に並べているとか。そして「地下演劇」が終わったように、まもなく、 小劇場も終わりつつあるのだ。「地下演劇」から、小劇場につながったロマンティシズム系の流れは、 ギャグ・コントといった、TV色劇団によって、後退し始めている。「劇底二万哩」は、そうした状況にあって、 どの劇団もかかえる、生活〈現実〉と、演劇との対比が、男テツと超俳優ニッケルとの差として描かれている。 いくつかの小劇場がミカンにワックスをぬっても、万有引力は、それをいさぎよしとしないのである。 「劇底二万哩」は、ラスト、一回、全てを終わらせ、半数以上の観客が帰ろうとしているとき、 超俳優のニッケルの「帰るも自由。残るも自由。これが劇底二万哩だ」という叫びから数分の俳優たちの 乱舞が行われる。すでに劇場外に出た観客は現実と演劇のはざまに立ってしまったことを知り、残った観客は、 本物の「劇底二万哩」を体験したのかどうか…。この二度のラストシーンが万有引力らしかったためか、 万有引力の某俳優までも、僕の発想だとは信じなかったのには、笑った。
高取英