万有引力 東京グローブ座 1周年記念公演 奴婢訓 (1989)

 カテゴリ: 天井桟敷・万有引力

万有引力 東京グローブ座 1周年記念公演 奴婢訓 (1989)

1989年グローヴ座の奴婢訓

チラシ
万有引力 東京グローブ座 1周年記念公演 奴婢訓 (1989)

万有引力 東京グローブ座 1周年記念公演 奴婢訓 (1989)

1989年8月4日(金)~8月10日(木) 東京グローブ座周1年記念公演 7ステージ
天井桟敷最終公演、パリ・シャイヨー宮版
奴婢訓

ジョナサン・スウィフトの遺稿を下敷きにして、奴婢の「役割」をは何かを問い「主人」の不在を検証することによって現代の不安をつく。言語と身振り、踊りとアクロバット、歌と祭式風、典礼風の韻律といった種々の表現手段を組み合わせ、独自の世界をくり広げる。

会場
新大久保東京グローブ座
料金
指定席・A席4000円 B席3000円 自由席・F席2000円 P席3000円(2名)
スタッフ
原作
ジョナサン・スウィフト
作・演出
寺山修司
演出・音楽
J・A・シーザー
機械考案・舞台美術・衣裳・メイク
小竹信節
照明
木下泰夫
音響
落合敏行
舞台監督
武川喜俊
企画
劇書房 長峰英子
制作
馬場敦子
総合進行
森崎偏陸
台本協力
田中浩司
機械製作
ソケー工業株式会社
協力
演劇実験室◎万有引力 人力飛行機舎 ジバ・ワーク・シアター オンパルス・ダンス・シアター
キャスト
掃除婦
瀬間千恵
女中頭・かま猫
蘭妖子
園丁・クーボー
サルバドール・タリ
眠り男・ゴージュ
根本豊
召使頭・カンパネラル
水岡彰宏
馬丁・オッペル
高田恵篤
盗癖の徐僕・ホモイ
海津義孝
門番・ポラーノ
中村亮
釜たき女・よだか
松丸純子
小問使・ナドリ
須崎晃
洗濯女・ザーブ
ナカタケイコ
下女・ネリ
袴田貴子
作男・ダネリ
中山信弘
乳搾女・ヒルダ
大坪美馨
乳母・トメ子
伊藤恵美

侏儒の料理人・キンエバ
日野利彦(人力飛行機舎)
淫蕩召使・ブドリ
福士恵二(バジ・ワーク・シアター)
子守・ユリア
浅野泉(オンパルス・ダンス・シアター)

小間使1
伊野尾理枝
小間使2
山田早苗
小間使3
古川裕代
小間使4
安斎景子
小間使5
佐野江梨子
『奴婢訓』は、イギリスのジョナサン・スウィフトの未完の手稿である『奴婢訓』に題を得て書き下ろした作品で、登場するのは、下男、女中、作男、料理人、門番、といった「奴婢」ばかりである。いってみれば、俳優による「家畜系統史」といったところである。劇場の闇は、主人のいない屋敷に換喩され、しばしば、観客は「主人」を演じさせられることにもなる。 もともと、18世紀初頭の階段制度を背景に、その社会を風刺と逆説で、批判的にそして戯画化して描いてみせたスウィフトの、ユーモアあふれる諸作品は、現代に通底するものをもっていた。 スウィフトの『奴婢訓』は、「奴婢一般に関する総則」と題する序章からはじまり、以下「細則篇」として、第一章から第十六章まで、料理人、小間使い、女中、乳搾り女、洗濯女など、奴婢の造反を描いている。それを、天井桟敷は、現代の問題として捉えた。「心中の不在が、周辺の不在をうながす」現代はまさしく主人の不在によって秩序づけられているのだ。 天井桟敷の『奴婢訓』は、舞台を日本の東北の一寒村にある農場に設定し、そこで奴婢たちが交代に主人を演じながら、その意味を問いかけるゲームを演じる、というものである。それは、権力と支配、贈与、性と交換の問題などを観客に問いかける試みであった。
――寺山修司
↓↓演劇実験室◎万有引力新聞【5】1990年12月10日発行より↓↓
昨年の夏、東京グローブ座で再現された『奴婢訓』の舞台を見ながらその半ばほどだったか、蘭妖子さんによる 『誰が殺した、駒鳥を』の絶唱にいたって、不覚にも涙がこぼれた。観客に感情を移入させる同化の演劇とも、また逆に 観客に教義を注入しようとする異化の演劇ともキッパリ縁を切った寺山修司の演劇理念にとって およそふさわしくない行為にもかかわらず、私はあふれる涙を抑えることが出来なかったのである。 ゲネプロと本公演と2回見て、2回とも全く同様であった。 何故にか?私が『奴婢訓』の初演時に想いを馳せて、 かつて寺山修司と共有した日々を懐旧しつつ、ひとりノスタルジーに浸り込んだからなのか?そうではあるまい。 そっと告白しておくならば実は私は『奴婢訓』の初演も凱旋公演も利賀山房における三公演もすべて見ておらず、 いま慌ててノートを操り直すと私が天井桟敷の舞台と相見え得たのは、『疫病流行記』アテネフランセ版、 『観客席』紀伊国屋版、『青ひげ公の城』、『百年の孤独』、『レミング』紀伊国屋版のみなのだ。  私が涙腺を刺激された理由はおそらく「誰が殺した、駒鳥を」の歌それ自体のうちにあって、思えば私はこの歌を 83年に寺山修司が急逝して以来ほとんど毎年一回は開かれてきた蘭妖子さんのコンサートで、『奴婢訓』の劇中歌とも 知らずに聴いてきたのだった。寺山作詞=シーザー作曲の多くの歌がそのようであるように、略称「駒鳥」の歌もまた 一個のナンバーとして自立しているにもかかわらず、それが本来あるべき文脈のなかに置かれ直された時、 私は全く異質な感動を味わった。 このとき「駒鳥」の歌はひとつの喩ともなって、83年夏に自ら天井桟敷を 解体して分節化と遠心化の道をあえて選び取ったシーザーらが『奴婢訓』を通して再び綜合化と求心化をめざして、 個別の研鑚を本来の文脈のなかに置き直すべく試みた作業の総体が私を感動せしめたと言い換えるべきなのかも知れない。 「再演」と「再現」をめぐって一知半解ぶりをさらけ出した大方の世評に抗して、私が『青ひげ公の城』の再演よりも 再現された『奴婢訓』をこそ推したのはかくて当然であった。
(松田政男)