万有引力 珍味な実験劇 -トーフ、西へ行く- TOFU GOES WEST (1987)
1987年11月17日(火)~11月23日(月) 珍味な実験劇
-トーフ、西へ行く-
演劇実験室◎万有引力が、レストラン跡を舞台に「書物」と「食物」を劇的に視覚化しようとする実験劇!! 台所の消失を軸に人間の最后の関係座標が浮かびあがる!!
この劇は、書物を、料理を再検討するということではなく、これまで二元論的に考えられてきた《知》と《身体》を、 共同性を内包した混在へと高めゆくことにある。さらに「食べる」という欲望と行為をこの間に登場させることにより 人間の《実在》と《贋物》の関係を互いに逆照射させながら劇的に視覚化しようとするものである。
会場
東中野ポレポレ座
料金
入場料2000円 毎夜120名、完全予約制
スタッフ
作・構成・演出・音楽
J・A・シーザー
音響調理士
落合敏行 馬場敦子 小木典光
照明コック
ヒカリボタル・カンパニー
舞台監督
水岡彰宏 松田将希
制作
ポレポレ坐 渡辺倫彦 万有引力
主な登場人物
豆腐屋の主人
アミノ氏
その女房
キナコ
その娘
トゥニュー
狗肉店の支邦人
ブルース・トゥバンジャン
幻の長男
ミノオ(ミノタウロス)
食料劇作家
チャゼール
謎の老婆
生ユバ
男装の麗人
クレメンタイのがんもどき
大地の肉を食べよう会会長
高野どうふう斎
キャスト
サルバドール・タリ 根本豊 水岡彰宏 高田恵篤 中村亮 海津義孝 松丸純子 ナカタケイコ 須崎晃 袴田貴子
大坪美馨 伊東恵美 伊野尾理枝 森脇希利子 中林元章
↓↓演劇実験室◎万有引力新聞【4】1989年1月1日発行より↓↓
テラヤマ的書物論がひたすら「知識の飽食」を志向したのに対してシーザー的食物論は不必要な「知識の排泄」 をも自ら方法化する。87年秋に上演された『トーフ、西へ行く』は、天井桟敷からあえて「演劇実験室」なる 自己規定性を継承した万有引力の爾降5年にわたる軌跡のなかで、際立った画期となっている。 私の観劇メモを引けば「シーザー奇想、東風が西風を圧倒する秋」となるのだが、これが半年前の『劇底二万哩』の 「メタ志向から見世物の方への記録の輪廻」というメモとも、半年後の『ペストの肖像』の「テラヤマの影の下で 悲痛に問う、父とは何か?」というメモとも位相を異にしているのは自明だろう。つまり『劇底二万哩』が 「演劇についての演劇」それ自体のエンターテイメント化をめざしながらも、かつての天井桟敷の舞台からコツ然と 姿を消した主人公がまさしく二万哩の旅を経て万有引力の舞台へと帰還してくるという因果を含められたり、また 「ペストの肖像」が文字通り〈不在の父〉をめぐる寺山修司的修辞の一大引用集の趣きを呈して「テラヤマの影」の 下へむしろ進んで入り込むべく試みたのに対して『トーフ、西へ行く』にはまずもってJ・A・シーザーの「奇想」 が独自に貫徹していたと私には思えたのだ。むろん「コレは鍋デアル」と書かれた鍋だとか、「巨大な書物」 だとかのオブジェ群や昔懐かしい観客参加の導入に、ここにも「テラヤマの影」を見いだすこともまた或いは できるかも知れぬ。だがしかしシーザーはたとえばピランデルロの『作者を探す6人の登場人物』を媒介に、 「この世には迷路は一つしかありえない」といったようなテラヤマ的修辞に彩られた書物論を一気に食物論へと 通底させることによって、その「奇想」を屹立させる。むろんそれは劇中でアミノ氏が「食料悲劇、食料喜劇! ましてや哲学的食料実験室なんて!とても無理だ!」と嘆くように、シーザー自身にとっても未だ完結せざる 大テーマであるだろう。だがしかしテラヤマ的書物論がひたらす「知識の飽食」を志向したのに対して、 シーザー的食物論は「不必要な知識の排泄」をも自ら方法化することによって、独自の修辞の時空へと飛び立とうと するのだ。蛇足を付け加えるのならば、87年11月19日の夜、東中野ポレポレ坐の奇妙な空間で私は迷宮を めぐる駄酒落の応酬や「ウーロンハイの飲み過ぎ」といったような思いがけない私小説的台詞に微苦笑を誘われながら も、そのとき横一列に何列も何列も坐らされた狭い客席の前の細長いテーブルの上で針付けになった青いリンゴを 見つめつつ、甘酸っぱい唾が湧き出してくるのを確かに実感していた。だがしかしシーザーによれば、 そんなものがテーブルの上にあった筈がないと、真っ向から否定されてしまうのである。 「奇想」の食物劇の登場人物として私は幻のリンゴを見たのであろうか。
松田政男